集団的効率の発揮

集団的協働は、その社会及び企業の構成員における強い帰属意識とアイデンティティを基礎に・・・


与えられた目標実現のため、社会システム内部及び企業組織内のコンフリクトを調整・排除しつつ・・・


いろいろな形での集団的効率を発揮させます。


それは企業のミクロ・レベルでも関連産業を含むセミマクロ・レベルでも、さらには一定の産業政策と金融システムなどを含むマクロ・レベルでも作用します。


これらの集団的効率の発揮が相互補完的に総合力となって機能するという特徴があります。


この集団的協働は何も自動車産業だけに限ったことではないのですが、自動車産業の場合きわだっています。


とくに企業レベルでの労使協調やTQC活動、そして素材産業や部品産業との緊密な協力関係などに最も典型的です。


したがって企業レベルでは、技術開発力と商品開発力に生産工程での技術革新がミックスされて機能し・・・


かつこれをバックアップする形で、素材産業や部品産業と自動車メーカー、自動車メーカーと販売流通業界やサービス業界、中古車業界とを結ぶ集団的総合力が有効に機能しているわけです。

日本的マネジメントとは?

日本的マネジメントと日本的労使関係・・・


そして日本的生産システムと部品調達システムなどが組み込まれたトータル・システムが機能しているのです。


このようなシステムは決して特定のシステム設計者が意識的につくり出したものではありません。


恐らくこの「挑戦」を実行した当事者である業界人も誰一人このような形で成功を収めるとは予想しなかったに違いないのです。


とにかくOECD諸国の中で主要自動車産業国としては最後発である日本の場合・・・


少ない資本と低い技術水準で自動車生産をスタートさせねばなりませんでした。


そのため、頼りになるのは人間の知恵と勤勉な労働力の有効活用以外になかったといってよいでしょう。


したがって、限られた生産設備を最小限の労働力で最も有効に活用して、マツダ 中古車などを含む市場ニーズ密着型の商品開発に努めることが至上命令となったのです。


そのためには、日本の社会システムと企業システムにおける集団的協働が、経済活動や企業活動のあらゆる面に生かされました。


日本が世界に与えた影響

世界の自動車産業の伝統的常識を打破した、「日本の挑戦」とはどのようなものであったのでしょうか。


それはひとくちにいって単純に巨大化による規模の利益と経済性のみを追求し・・・


そして、硬直化した生産システムをつくり上げてしまう伝統的な自動車産業のシステムからの挟別を実現したことです。


まず言えることは、中古車検索サイトの多い日本では単純な規模の経済性のみを追求する寡占的な産業構造はついぞ実現しなかったのです。


各社の間にいろいろなタイプのグループ提携は存在するとはいえ・・・


依然として11社がきわめてダイナミックな競争的構造を維持しています。


そこでは年間200万台ベースや300万台ベースのメーカーとともに、50万台ベースもしくはそれ以下の生産ベースのメーカーも存立し、活発な競争が展開されています。


ごく単純に表現すると「日本の挑戦」とはダイナミックで小回りのきく日本的な自動車産業の産業構造と生産システムが、一つのトータルなシステムとして機能し・・・


これによって世界の常識であった伝統的な自動車の産業構造と生産システムに大きな影響を与えたことを指しています。

技術環境の変化

自動車ユーザーのニーズのめまぐるしい質的変化と多様化・・・


とくに個性的な車へのニーズの高まりといったことに対しては、従来の車のサイズだけで区分された市場セグメント向けのフルライン生産やバリエーションの増加だけでは対応できないのです。


より個性的なものに的をしぼった商品開発で開発のリードタイムを短縮し・・・


これと多品種少量生産方式を組み合わすことが必要です。


社会環境の変化という点についていえば、自動車、マツダ 中古車に対する安全、公害、燃費などの公的規制が問題化して新たなる技術問題への挑戦を自動車産業が求められたとき・・・


硬直化した伝統的生産システムでは有効に対処することはできないのです。


このことはアメリカの自動車産業がこれらの規制に対応するのにいかに苦労したか・・・


そのために競争力の低下をすら招くほど深刻な経験をしたことを考えてみればよく分るでしょう。


もう一つの技術環境の変化についても、硬直化した伝統的生産システムでは革新的な自動車メカニズムやエンジニアリング上の革新を取りいれるタイミングがおくれることは避けらないことでした。


燃費効率の向上や性能の向上につらなる新タイプ新分野の技術の吸収についても、いろいろな障害やトラブルが起きやすいのです。


寡占化した理由

世界の自動車業界で常識化していたのは、自動車産業は大量生産産業であり、大量生産を前提とする量販産業である以上、寡占化するのは当然のことでした。


また、大規模化による規模の経済性を追求することがすべてに優先するという発想でした。


そこでは大規模生産の前提と抵触するような技術変化や生産工程の変化を極力見送り・・・


単純かつ画一的でそして硬直的な生産システムが支配的になっていました。


この前提のもとにあっては巨大設備を集中し、生産のスピード・アップを絶えず追求していくことが至上命令とされたのです。


すべての市場をカバーできるフルライン生産にそのキャパシティを活用することが求められます。


このような寡占化と大規模化の経済性を追求する伝統的生産システムにおいては、量産効果によるコスト切下げを狙ったスピード・アップによる作りだめと、その中での欠陥作業の発生による品質の低下は不可避です。


・・・それと同時にこの生産システムの致命的といってよい欠陥は、このシステムでは生産工程の画一性と硬直性が起こります。


こうして中古車情報市場や社会、そして技術などの環境変化に対する適応能力を喪失してしまうことです。

「日本の挑戦」

地殻変動の意味するところは、この5年の問を通じて世界の自動車産業に成熟と停滞から抜け出そうとする技術革新や設備の更新・・・


そして生産システムや労働慣行に新しい試みを大々的に取り入れていこうとする、脱成熟化のダイナミックな息吹きが吹込まれたということなのです。


そしてこのようなダイナミックな動きの台風の目となり一種の先導者の役割を演じたのが「日本の挑戦」であったといってよいでしょう。


では次に、「日本の挑戦」が提起した問題について。


・・・それでは「日本の挑戦」は、いったいどのような形で、成熟期に入ったかにみえた世界の自動車産業に影響を及ぼしたのでしょうか?


そしてそこでどのような問題を提起したことになるのでしょうか。


まず言えることは「日本の挑戦」が、それまでの成熟化しつつあった自動車産業(マツダ 中古車なども含む)の多くの常識を打破る意義をもったということです。

自動車産業における地殻変動

過剰能力を抱えたままで合理化努力を怠ったという意味においてその競争力は低下しつつあったといえるでしょう。


要するにアメリカも欧州も、実質的に肥大化し過剰になった旧式の生産設備と生産システムを温存し・・・


その意味で競争力を実質的に低下させたまま第二次石油危機にぶつかったといえます。


欧米の自動車産業はその体質を温存する限り停滞と成熟に向かわざるをえない問題を多く抱えたまま急激な社会環境変化に直面しました。


これに対して、欧米メーカーのもっていたこのような体質的盲点に陥ることなく、その国際競争力を自らも立日識しないうちに高めつつあった後発の日本の自動車産業が・・・


とくに第二次石油危機以後急速に、国際的にその影響を与えたことは決して偶然ではなかったのです。


そしてその結果は、デトロイトと欧州の地盤沈下と日本の自動車産業の地位の急上昇でした。


しかしここで強調しなくてはならないのは、世界の自動車産業における地殻変動とは、欧米の地盤沈下と日本の競争力の急上昇という世界の自動車市場における一種のシェア競争・・・


つまりパイの分け前の変化といった次元の問題ではないということです。


中古車の検索サイトなどが増えたいま、ますますそのような次元の問題ではないことが証明されています。

合理化努力の重要性

デトロイトはそのあげる売上高や利益の大きさにもかかわらず、例えば年間に少なくとも1000万台以上つくらなくては利益を出せない体質になりました。


そして、生産性や品質などの実質的な競争力は低下し・・・


政府の安全、公害、燃費などの規制や市場のニーズの急変などの環境変化に対する対応力や適応力は極端になくなってきていたといえます。


アメリカだけでなく欧州に目を転じると、アメリカほど極端な形ではないのですが・・・


概して日本に比べて自動車産業の発展がEC経済繁栄期のブームに乗り、一世代早く先行していたこともあって・・・


その生産性と品質を規定する生産システムや労使関係に多くの問題があったことは否定できないのです。


ですが、マツダ 中古車として愛されるよき車を量産したのも事実です。


欧州の場合、研究開発に力を入れ量産規模の利益を追わないベンツやボルボのような高級車メーカーもあります。


しかし、概して小型車中心に比較的創造的な技術改良には熱心ですぐれたエンジニアを抱えていながら、ECの1960年代における経済の成長繁栄期に生産能力を拡大したために合理化努力・・・


とくに労使関係の中に潜んでいた問題を放置したまま、第一次石油危機後の経済停滞を迎えたのです。


肥大化した膨張体質


デトロイトの経営者は、その業績がつねに株主にどれだけ配当できるだけの利益をあげたかによって評価されるために・・・


限られた自分の任期の間に少しでも見かけ上の利益を多く出そうとします。


したがって短期的利益に結びつかない大がかりな設備投資や研究開発投資には極めて消極的でした。


新鋭設備よりもモデル・チェンジや車種多様化のための治工具類の投資に重点をおき・・・


研究開発についても創造的革新的な開発よりも金がかからずに、目に見えて目先の売上増に結びつく部分的技術改良のための開発に力を入れたのです。


・・・以上のようにみてくると、アメリカの自動車産業は大型車しか作っていなかったから市場環境の変化に適応できずに地盤沈下したのではなくて・・・


中古車の情報の多い大型車を開発したり生産したりするやり方が、そのシステム自体において多くの問題を累積させてきていたから地盤沈下したということになります。


肥大化し膨張体質になってしまったデトロイトではありましたが・・・


その膨張体質は大型車の見かけ上の利益の大きさの陰にかくれて表面に出なかったのです。

デトロイトの失敗


第二次大戦後のアメリカ自動車メーカーが行った技術開発でめぼしいものはといえば、オーバーヘッド・バルブ(OHV)式V8エンジンとオートマチック・トランスミッション位のもの。


革新的なコンポーネント例えば燃料噴射装置だのディスク・ブレーキのようなもの・・・


これらは欧州メーカーが開発し実用化して、しばらくたってこれを採用したにすぎないのです。


また設備投資についても旧式で老朽化した工場をいつまでも温存しますた。


ロボットその他の最新鋭の機械設備の導入にも出おくれていたことが指摘できます。


・・・いずれにせよモデル・チェンジやモデル多様化に必要な治工具類への投資に重点がおかれていたことは間違いないのです。


それでは高収益性に恵まれた時代のデトロイトが、このように研究開発や設備投資に創造的な支出や戦略を考えなかった理由は果して何でしょうか?


マツダ 中古車に人気を奪われた理由は何なのでしょう。


明らかにそこには専門経営者として登場したデトロイトの経営者の短期的利益極大志向の行動様式が反映しています。